2011年11月1日火曜日

高橋秀実さん,第10回小林秀雄賞受賞,おめでとう。

『素晴らしきラジオ体操』(小学館文庫,2002年)が,わたしの高橋秀実との出会いだった。毎朝,ラジオ体操のメッカと呼ばれる場所にでかけて行って,一番,端っこでラジオ体操をして帰ってくるという日々を送りながら,この「場」の様子を黙ってさぐる。そうこうしているうちに,端っこの人たちと仲良しになり,やがて,常連さんから声をかけられるようになり,徐々に,ラジオ体操をする場所の序列を上げていく。この力学をみごとに描いた作品である。ラジオ体操をとおして,日本人とはそもそもなにものなのか,と問いかける。この視線が,わたしには新鮮だった。

そんなきっかけから,その後,高橋秀実の書くものから眼が離せなくなっていく。つぎに,わたしの眼に止まったのが『はい,泳げません』(新潮社文庫,2007年)である。本のタイトルをみて,思わず笑ってしまった。が,読んでみてびっくり。スイミング・スクールの「かなづち組」に入れてもらって,一人の生徒として,初手から「泳ぐ」ことの指導を仰ぐ。そのプロセスが微に入り細にわたり,大まじめに記述されていく。つまり,リアル・タイムの習熟過程をそのまま書いていく。最初のうちは,水を何回も呑んでしまって,お腹がいっぱいになってしまった,お蔭で食事を一回,パスして得をした,とか・・・・。(あっ,そんなことは書いてなかったかな,単なるわたしの思い込みかな,でも,そんな調子の文章があちこちにあったように記憶する)。

つぎに,とびついたのは『やせれば美人』(新潮文庫,2008年)。ほんとうに腹を抱えながら読んだ記憶がある。わたしは,まじめに「身体論」として読もうとするのだが,ことごとくそれが覆されてしまう。「美人」の基準などというもののいいかげんさを徹底的にあばいていく。しかも,じつにユーモラスに。しかし,そこから「美人」なるものをめぐる虚実がおのずから浮かび上がってくる。この人のみごとな手法というべきか。

そうして,『おすもうさん』(草思社,2010年)。ここでも,相撲部屋に入門して,新弟子として,年端もいかない少年たちと苦楽をともにする。入門したその日から,なにからなにまで,新弟子と同じことをする。そうして,「おすもうさん」と文字通り「肌」を触れ合って,この世界のなんたるかを,みずからの「肌」をとおして感知しようとする。つまり,全身全霊で「おすもうさん」になろうとする,その姿勢が読む者のこころを打つ。のみならず,一緒に稽古している「おすもうさん」たちから絶大なる信頼をえる。そして,たくさんの「おすもうさん」がこころを「開いて」本音を語りはじめる。ときには相談相手にもなって。

だから,高橋秀実が描く「おすもうさん」の姿は,これまでの類書にはみられない,まったく新しいまなざしから描き出されることになる。そこには,肩肘張らない,ごくごく自然体のありのままの「おすもうさん」が立ち現れる。稽古がきびしいと素直に泣くし,叩かれれば「痛い」と声をあげるし,それでいて相撲が大好きで,どうすれば強くなれるかと思い詰めている。だから,早朝に起きて掃除からはじまり,一生懸命に稽古をして,ごはんを腹いっぱいに食べて,暇さえあればゴロゴロと寝ている,という。ひたすらその繰り返しの日々。そういう若者たちと起居をともにしながら,いろいろの話を聞き,その上で「文献」に当たる。もちろん,あらかじめの予習はしているのだが,本格的な文献による調査・確認は,そこからだ。

そして,なによりも,苦楽をともにしているだけあって,「おすもうさん」に投げかけるまなざしがとても温かい。いつも,からだをとおして感じ取ったことが最優先されていて,そのあとに論理をさぐろうとする。しかし,そんな論理よりもなによりも,「おすもうさん」たちはほんとうにいい人たちで,心根がやさしい,という高橋秀実の実感が全ページを一貫して流れていて,読んでいて心地よい。

ここから発せられる「八百長」や「賭け」への言説は,一般の評論家たちとはまったく次元が違う。こういう人の声を,日本相撲協会やメディアは,なぜ,もっと大事にしないのだろうか,とわたしなどは地団駄を踏んでいる。「八百長はいけません。でも,それをなくすことはとてもむつかしいことでしょうね」というような言い方を高橋秀実はする。わたしが翻訳(通訳)すれば「八百長をなくすことはできません」となる。

なぜ,そうなるのか,という理由は相撲部屋の24時間をともに生活した者でなければ語れないだろうし,また,それを精確に言説化することは不可能なのだろうと思う(「おすもうさん」は自己表現がじつに下手だ,とも高橋秀実は言う)。力士たちはみんな知っている。日本相撲協会の人たちもみんな知っている。でも,それはタブーなのだ。

このように書いてくると,高橋秀実というノンフィクション作家は,スポーツを専門とする書き手のように思われるかもしれないが,そうではない。『TOKYO外国人裁判』(平凡社,1992年)が,たしか,この人のデビュー作。以後,『ゴングまであと30秒』(草思社,1994年),『にせニッポン人探訪記 帰ってきた南米日系人たち』(草思社,1995年),『からくり民主主義』(草思社,2002年),『トラウマの国』(新潮社,2005年),『趣味はなんですか』(角川書店,2010年),などがある。

そして,最新作の『ご先祖様はどちら様』(新潮社,2011年)で,第10回小林秀雄賞の受賞である。小林秀雄の書いたものとはまるで違う世界の作品が受賞されるというのは,わたしにとってはいささか意外だった。でも,こういうちょっと意表をつくような,それでいて日常茶飯の疑問から発する謎解きをとおして,日本を考え,日本人を考えていこうとする姿勢は評価されていいのだ,とわたしは納得。

「東京外国語大学モンゴル語学科卒業。テレビ番組制作会社のADを経て,フリーのライターとなる。元ボクサーで,ボクシングのジムトレーナーを務めていた経験を持つ」というような経歴を知ると,これまた,なるほどなぁ,と納得である。

ソフト・タッチの,とても読みやすい,それでいてホロリとさせながら虚実に迫る,こころの温かい高橋秀実のこれから書くものに注目したいと思う。

それにしても,高橋秀実さん,おめでとう!

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