2012年7月17日火曜日

内村航平選手の体操を「科学神話」構築のために利用するな。

 久々に現れた天才・内村航平選手の体操を「科学」的に分析して,こういうことが明らかになった,とさもすごい秘密が隠されていたかのようなテレビ番組をみて,「なんじゃっ!この野郎っ!受信料を返せぇっ!」とついつい怒鳴ってしまった。この番組を制作した人たちもまた,相当に「理性」が狂っているなぁ,とあきれはててしまった。なぜなら,こういう人たちによってもまた日本国民の多くが「科学神話」に汚染されていくのである。そう,ちょうど「原発安全神話」に汚染されたときとまったく同じ構造のもとで。

 「科学」は素晴らしい。しかし,「科学」は万能ではない。とりわけ,体操競技にとって「科学」はほんの部分でしか貢献はできない。そのことを,このテレビ番組を制作したスタッフたちはわかっていない。「科学」の力を借りれば,内村選手のあの驚異的なパフォーマンスの「秘密」が明らかになる,と信じて疑わない。しかし,その映像をみせられたわたしには「だから,なんだと言うのだ」という感想しかない。つまりは,時間の無駄づかい。損をした。

 いったい,この番組はだれのために制作され,だれのために放映されたのだろうか,としみじみと考えてしまった。少なくとも,内村君のためにはなんの役にも立ってはいない。そして,わたしのような体操競技経験者にとっても,なんの役にも立ってはいない。第二の内村選手を夢見ている若い選手たちにとってもなんの役にも立たたない。もちろん,体操競技のコーチや監督にとっても,なんの役にも立たない。なぜなら,「科学」的な実験結果の総括に,なにひとつとして体操競技についての新しい知見はみられなかったからである(場合によっては極秘で,非公開なのかもしれない)。それらは,すべて「経験知」で集積された体操競技の技に関する知見の初歩の初歩のレベルにも達してはいないのだ。

 たとえば,「内村選手の並外れた空中感覚はこどものころから鍛えられた鍛練の賜物である」といったナレーションのレベルである。だから,わたしはテレビに向かって吼える。「冗談もいい加減にしろっ!」「ならば,こどものころから鍛えれば第二,第三の内村選手がつぎつぎに生まれるのかっ!」と。「じゃあ,やってみろよっ!」

 天才の秘密は,いまの「科学」の力ではほとんどなにも解明できないのだ。それが天才というものだ。そして,天才はそんなに多く生まれるものではない。何年に一人,何十年に一人,あるいは,何百年に一人の確率でしか誕生しないのだ。だから,天才なのだ。

 大脳生理学の第一人者が内村選手の脳をCTスキャンしたところでなにがわかるというのだろう。他の選手と比較して,ここが違うという指摘(大脳に色づけされた赤い色の量が違う,ただ,それだけ)ができる程度のことでしかない。だから,なんなんだ,と聞いてみたい。認知心理学の権威者が分析したところで,なにがわかるというのだろう。その他,さまざまな専門家が寄ってたかって内村選手の「秘密」に挑戦する。が,なにも確たる解答はかえってこない。ただ,部分,部分のデータがでてくるだけだ。その部分を全部トータルにすれば内村選手の謎は解けるとでもいうのだろうか。それにしては,あのナレーションはかったるくて,もどかしいだけのものだった。

 ついでに言っておけば,冗長にすぎる。内容がないから,無駄な映像を使って引き延ばす。とても,退屈である。時間の無駄。(それを見てしまったわたしが愚かだった。)

 結局は,なにもわからなかった,というのがわたしの印象。だから,単なる時間の無駄。残るのは,なにも知らない人たちだけが,なんとなく「科学」の力はすごいものだなぁ,と感心するくらいのものだ。だとしたら,この人たちに向けて,この番組はつくられたのだろうか。こうして新たな「科学神話」を構築し,さらに持続させ,無意識のうちに「原発推進」を容認させることを意図したのだとしたら,これまたとんでもない策士としかいいようがない。でも,そんな策士が裏で糸を引いているようにも思えてしまう。

 だとしたら,この番組は原子力ムラの意図を引き受けた,素晴らしい番組だということになる。こんなところにも,原子力ムラの手が伸びていたとは・・・・!?

メディアの力は恐ろしい。よくも悪くも利用可能だから。

※7月15日(日)午後9時,NHKスペシャル「ミラクルボディー」無敵の王者・内村航平激撮!驚きの空中感覚▽初公開!究極の新技▽超人までの成長記録,という番組をみてのわたしの感想である。

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