2012年11月10日土曜日

日中国交正常化40周年特別展「中国王朝の至宝」2012~13年,をみる。素晴らしい。

 日中国交正常化40周年特別展「中国王朝の至宝」2012~13年,が上野の国立博物館・平成館で開催されています。入場料は1500円。図録・2300円。その内容,出来ばえから考えると,両方ともに安い。ついでに,本館で開催されていた「出雲──聖地の至宝」展もみてきました。いずれも,太極拳仲間の柏木裕美さん(能面アーティスト)に薦められて,出かけました(柏木さんのブログ参照のこと)。やや肌寒ささえおぼえる秋の半日を,ひとりでのんびりと,ほんとうに久しぶりに上野の森を楽しんできました。


 展覧会そのものはとても充実していて,大満足。
 展示内容は第一章から第六章まで,古い時代から順に六つのパートに分かれていました。
 第一章は王朝の曙 「蜀」と「夏・殷」,第二章は群雄の輝き 「楚」と「斉・魯」,第三章は初めての統一王朝 「秦」と「漢」,第四章は南北の拮抗 「北朝」と「南朝」,第五章は世界帝国の出現 「唐」──長安と洛陽,第六章は近世の胎動 「遼」と「宋」,という具合です。

 紀元前2,000年から紀元後1,200年までの,およそ3,200年にわたる王朝の「至宝」をずらりと展示してあるわけですから,それはそれはみごとなものとしかいいようがありません。古い時代のものはほとんどは王墓のなかに埋め込まれた埋蔵品です。これをスポーツ文化論的なアングルから眺めていくとなにがみえてくるのか,これがいつものわたしのスタンスです。そして,これはもはや定番ですが,墳墓には「力士」がつきものだ,ということです。

 写真を何点か紹介しておきましょう。
 最初のものは「力士」です。もともとは「石床板」と呼ばれる座具兼寝具の両サイドの脚の部分に描かれたものです。ですから,この力士は左右に2体,対になっています。北魏・5世紀のものだそうです。1997年出土。もちろん,王侯貴族の夫婦が,食事をしたり,眠ったりするための家具だったということです。そこに,なぜ,力士が描かれているのか,これはこんごの課題です。


 もう一つは「天王俑」。天王は仏教の守護神です。これが日本に入ってくると力士に変化します。つまり,大きな寺の山門の両側に立つ金剛力士像がそれです。この3体ある天王のうち,中央の天王は邪鬼を踏みつけていて,この形式は日本の金剛力士と同じです。が,両サイドの天王は動物の上に立っています。なにゆえに動物の上に立つのか,についての説明は図録にもありません。考えてみたいと思います。唐・8世紀。1998年出土。


 最後のものは,「力士〇棺」(〇は託の字の「ごんぺん」が「てへん」のもの・読みは「たく」)。小型の石棺(縦55.5,横43.0,高26.5)で,火葬後の骨を収納したものらしいとのこと。力士の大きさは高37.5,幅16.5。かなり小ぶりなものであることがわかります。「棺をかつぐ力士」というのが象徴的です。日本の力士埴輪のなかにも,葬送儀礼の行列の先頭に立つ力士というものが知られています。埴輪の提案者とされるノミノスクネ(野見宿禰)は葬送儀礼の伝承者であると同時に立派な「力士」であったことはよく知られているとおりです。


 まあ,こんなことを考えながら,その他の展示物も存分に楽しんできました。

 が,驚くこともありました。たとえば,中国の古代王朝は転々と時代とともに移動しています。その王朝のあったところはいまも都市としてよく知られています。西安,洛陽,咸陽,成都,武漢,南京,杭州,などは文字をみれば,かならずなにかを思い出させるよく知られた地名です。これらの都市のいまの様子が,各展示場のビデオ画像をとおしてみることができます。どの都市も,あっと驚く現代都市ばかりです。高層ビルが立ち並び,東京と同じ都会の風景になっています。

 昨年,李老師の案内で,西谷さん,柏木さんと一緒に,昆明から少数民族の多く住む雲南省の山岳地域を中心に旅をしました。そのときも驚いたのですが,どこもかしこも立派な都会であり,古い町並みも大事に保存されつつ,むかしからの文化遺産ともいうべき公園や庭園もとてもきれいに保存されています。わたしたちが,日本のテレビをとおしてみている中国のイメージとは,まったく別次元のようで,驚きました。が,今回の展示でも,かつての王朝のあった古い都市が,いまでは,東京とどこも変わらない大都会に変貌している,その現実に唖然としてしまいました。中国はもはや立派な文明先進国です。わたしたちが,無意識のうちにいだいている中国のイメージはかなり偏っていると知るべし,と反省した次第です。

 それにしても,「日中国交正常化40周年」特別展ということばが,なんと痛々しいことか。本来なら国を挙げて祝賀行事が行われるはずであっただろうし,この特別展もおおいに賑わうはずだっただろうに・・・・。中国からも来賓や観光客も押し寄せてきて,お互いの友好親善で大いに盛り上がっただろうに・・・・。

 そうはいきませんでした。なんともはや,あの「暴走老人」の早とちりの行動さえなかったら・・・・と悔やまれてなりません。世界で一番近い,しかも文化的にももっとも密接な交流のあった韓国,中国と仲良しになれない日本という国の情けない姿が浮かび上がってきます。同時に,いまもなお敗戦国の「占領」状態から,つまり,アメリカ支配から脱し切れていない,みじめな日本の姿が二重写しになってみえてきます。まあ,この話を書きはじめるとエンドレスになってしまいますので,今日のところはぐっと禁欲しておくことにします。

 こんなことも含めて,一度,足を運ぶに値する展覧会だと思います。なぜか,客足もすこぶる少ない,という印象でした。本来なら長蛇の列ができたはずなのに・・・・。

 わたしたちは無意識のうちに埋め込まれてしまっている中国に対する「偏見」(いろいろの意味で)を,一刻も早く清算しないと,将来に大きな禍根を残すことになる,と知るべきです。ご近所に友達のいない日本人であってはなりません。まずは,お隣さんから・・・・。それが生活の基本です。生きるということの基本です。

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