2012年11月15日木曜日

一つひとつの動作は技であることを意識して行いましょう(李自力老師語録・その23.)

 太極拳の一つひとつの動作は,すべて武術の技で構成されています。ですから,その技のイメージをしっかり頭に描いて,力強さや柔らかさがおのずから表出するように,表演することが大事です。ことばで言えばこれだけのことですが,これを完璧に実行するとなると,じつはとても難しいことなのです。その点は,みなさんもよくご存知だと思います。

 最近の国際大会などでは,国によってずいぶん個性のある太極拳が表演されるようになってきています。それは,太極拳の受け止め方,解釈の仕方などが国によって微妙に違うことを意味しています。それがそれぞれの国や地域の独特の文化によって個性化されていくのは,ある意味で仕方のないことだと思います。

 しかし,ときには,大いなる誤解による個性化が見受けられます。最近の国際大会で目立つのは,こちらの傾向です。つまり,太極拳を美しくみせようとするあまりに,太極拳の本来の動作ではなくなってしまう,という傾向です。もっと言ってしまえば,誤った解釈による表演が目立つようになってきている,ということです。

 簡単に言ってしまえば,太極拳が舞踊や体操になってしまっている,という悪弊です。とくに,舞踊化していく傾向が強いようです。なるほど,見た目にはその方が美しく見えることがあります。しかし,それは太極拳によく似た所作ではあるけれども,もはや,太極拳ではありません。そういう傾向が,最近の国際大会では目立つようになってきています。これは,どこかできちんと修正する必要があります。

 この傾向は,じつは,日本国内での大会でも見受けられます。トップ下で活躍している選手たちの間にも,ときおり見られます。美しくみせようといろいろ工夫を重ねていくうちに,技であることを忘れてしまって,ひたすら美しい動作を追求していくという次第です。採点競技ですので,美しくみせるための工夫は必要です。しかし,もともとの技のイメージが消えてしまったら,それはもはや太極拳ではありません。

 ここでのポイントはたったひとつ。それは,技の動作を磨き上げていって美しさに到達する,ということです。つまり,技としての力強さや柔らかさをとことん追求していった結果として,太極拳の究極の「美しさ」に到達するということです。ですから,なにがなんでも,ここまで稽古を積み重ねることが大事です。ついでに触れておきますと,このレベルに達すると,それはもはや単なる「表現」ではなくなり,からだの奥底から湧き出てくるようになります。つまり,おのずから「表出」するようになるからです。これが武術の技としての究極の美しさである,というわけです。

 ですから,初心者の稽古の段階から,きちんと技であることを学ぶ必要があります。そして,その技のイメージをしっかりと定着させておくことが肝要です。そこのところをおろそかにすると,日本の代表選手のレベルでも,とんでもない勘違いをしていることがあります。場合によっては,技であることすら意識していないことがあります。これは伝承の仕方,つまり,指導者の側に大きな責任があると思います。ただ,ひたすら,多くの太極拳の所作を覚えればいい,と考えている指導者も少なくありません。しかし,それは間違いです。

 以上,李自力老師がわたしに語ってくださったことを,わたしの理解の範囲で整理してまとめてみました。説明の過不足は,わたしの責任です。この点をお含みの上で,熟読玩味くださることを期待しています。

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