2013年3月12日火曜日

ダン族のすもうは「人間という生き物たちが共同の生活を組み立てるその役割をになっている」(西谷修)。

 3月9日(土)の研究会は,とてもいい雰囲気のなかで展開し,まことに稔り多い成果をあげることができました。講師をつとめてくださった真島一郎先生にこころから感謝しているところです。参加してくださったみなさんも,とても喜んでくださり,わたしとしてはほっと一息というところです。

 いくつもの面白い議論があったのですが,まずは,わたしにとって特筆すべきコメントがあったこと,そして,そのコメントが強烈な印象を残しこと,このコメントはこれからのわたしたちの研究の行方にも大きな影響をもつものであること,がありましたので,その話題を記憶が鮮明なうちに記録しておきたいと思います。

 それは西谷修さんが指摘されたコメントです。結論からいいますと,
 「ダン族のすもうは,たんなる余暇の楽しみではなく,たとえば沖縄の島々の人たちにとっての祀りとか,ニガイの儀礼のように,人間という生き物たちが共同の生活を組み立てるその役割をになっているのでは・・・・?」
 という内容のコメントでした。

 実際には,もう少し長いお話をされた上で,このような結論を導き出すかたちでなされました。真島先生はこの西谷さんのコメントを受けて,さらに補強するようにして,詳細にその根拠となることがらについてお話してくださいました。そこで,はっと気づいたのですが,西谷さんのコメントは,わたしのような,近代的な二項対立的な思考法になじんでしまった人間に警告を発するためのものであった,ということです。つまり,つい習慣化してしまっている近代の二項対立的思考の呪縛から解き放ち,もうひとつ違う次元に立つ思考法を取り入れるべきではないか,という深い意味が籠められていたということです。その理由は以下のとおりです。

 ダン族のすもうは農作業のできない乾期に行われるということ,そして,雨期に入ると農繁期に入るのですもうは行われない,というわけです。これがダン族のすもうの大きな枠組みです。すると,わたしたちは,いともかんたんに「ああ,農閑期の暇なときの娯楽・楽しみとしてすもうが行われているのだ」と思い込んでしまいます。そして,労働と余暇との二項対立で整理すると,いかにももっともらしく聞こえ,多くの人が納得しやすいというわけです。こういう近代的な思考癖に対する警句として,西谷さんのコメントがなされたのでは,というわけです。

 秘密結社を組織しているダン族の人たちの「すもう」は,そんなに単純なものではない,ということです。むしろ,結社社会を組み立てるためにはなくてはならない文化要素,つまり,必要不可欠のものとして「すもう」が存在するのでは,というわけです。秘密結社の中核にあるものが仮面だとすれば,「すもう」はもうひとつの仮面に相当するのではないか,という次第です。

 ここまで考えてきますと,わたしの思考はジョルジュ・バタイユが『宗教の理論』のなかで展開した「祝祭空間」の成立の問題につながっていきます。それは,いささかややこしい議論なのですが,ごく簡単に整理してしまえば,以下のようなことになろうかと思います。バタイユは,祝祭空間は「有用性」を打破するために,つまり,事物化したものをもう一度,内在性の世界に送り返すという意味が原点にある,といいます。だとすれば,祝祭空間では,ただ,ひたすら消尽が繰り広げられるということになります。それは,マルセル・モースのいう贈与でもあります。

 こうした消尽や贈与もまた,文明の進展とともに「有用性」に絡め捕られていきます。そして,ますます事物化していきます。その成れの果てが近代スポーツ競技としての「レスリング」だというわけです。

 西谷さんは,こういう思考の枠組みを念頭におきながら,さらに,ピエール・ルジャンドルのドグマ人類学的な発想を加味して,表題のようなコメントをしてくださったのでは,というのがわたしの推測です。

 さらに,付け加えておけば,「人間という生き物たちが共同の生活を組み立てるその役割」という西谷さんの発想の含意としては,シモーヌ・ヴェイユの『根をもつこと』とも響きあうものがある,とわたしは受けとめています。つまり,結社社会を組織するということは,まさに,ダン族としての「根をもつこと」のための文化装置として仮面やすもうを共有するということでもあるからです。

 というような次第で,西谷さんのコメントは,考えれば考えるほど重い意味を帯びてきます。そして,このような視点を加えることによって,これまでのスポーツ史やスポーツ人類学やスポーツ文化論の語り口も,みごとにひっくりかえっていくことになります。それほどに大きな問題を秘めたコメントであった,とわたしは考えています。そして,これからの研究会でも,このコメントは継続して議論していきたいものだと考えています。

 以上です。

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