2015年1月28日水曜日

シリーズ日本古代史③『飛鳥の都』(吉川真司著,岩波新書)を読む。いま,古代史が面白い。

 日本の古代史が面白い。ひとつには考古学上の発見が相次いでいて,これまでの文献史学の限界から抜け出し,新しい歴史解釈に確たる根拠を与え,説得力をもつようになったからだ,と思います。もう一点は,日本という一国の枠組みの中に閉じこもらないで,日本をとりまく東アジアの諸国との緊張関係という視点を取り込むことによって,国内の内政問題の背景にある外圧が明らかになってくるからだ,と思います。この二点によって,日本古代史研究は一気に活気づき,いくつもの仮説が提示され,多くの議論を生むことになったからでしょう。とにかく,古代史から眼が離せない,そういう情況がいま生まれているようです。

 ということは,これまでの定説と考えられていたものがつぎつぎに崩壊し,まったく新たな仮説がこれまたつぎからつぎへと誕生し,いま,その議論の真っ只中にわたしたちは立ち会っている,と言っていいでしょう。そんな情況を一手に引き受けて,自説を頼りに「飛鳥時代」を描き直した力作,それがこのテクスト,吉川真司著になる『飛鳥の都』です。

 
これまでの古代史の時代区分にもとらわれることなく,「飛鳥」という地域をキー・ワードにして古代史を読み直すと,そこからどういう世界が広がってくるのか,というかなり思い切った手法を取り入れています。人物で言えば,推古から持統までの約100年,「飛鳥」を舞台にして,なにが起きていたのかと問いかけています。つまり,600年から700年までの,いわゆる「7世紀」を,文献史学と考古学の成果と東アジア情勢の3点をセットにして,再考してみようというわけです。

 お蔭で,これまでずーっと疑問におもっていたことの多くが,みごとに明るみにでてきて,すっきりしました。たとえば,なにゆえに斉明天皇(と息子の中大兄皇子)とが,何回にもわたって百済救済のための軍団を送り込んだのか,その理由がわかりませんでした。しかも,白村江では壊滅的な負け戦までしています。そこまでしなくてはならない理由がわたしにはわかりませんでした。それは,これまでの説明が国内の問題に限定されていたからです。

 がしかし,このテクストによれば,高句麗・百済と倭国の連合軍と,新羅と唐の連合軍とが対立抗争を繰り返していて,もし,負けてしまうと新羅・唐の連合軍に倭国も征服されてしまう,という危機意識があったというのです。ですから,死力をつくして戦わなくてはなりませんでした。しかし,結果的には,新羅・唐の連合軍が勝利し,倭国はピンチに立たされることになります。しかし,偶然にも,その直後に唐は吐蕃の攻撃を受け,苦しい戦いがはじまったために,倭国への進軍が不可能になった,というのです。しかも,新羅も内紛が勃発して,衰退していきます。こうして,飛鳥の都は安堵することになります。

 そこから見えてくることは,推古朝の遣隋使や,斉明朝の遣唐使は,その実態は圧倒的な国力の差をみとめた上での朝貢であった,ということです。つまり,飛鳥時代の倭国は,百済とは同盟を結んでいましたが,それ以外の新羅や隋・唐には,いつ攻められるかわからないという恐怖をつねにいだいていた,ということのようです。

 もう一点は,壬申の乱のときの大海人皇子軍のたどった進攻ルートです。大津宮を攻めるために,なにゆえに吉野から飛鳥を経由して伊賀から尾張・美濃まで足を伸ばし,そこから大津に向かったのか,という疑問です。ここには意外な事実があったことを著者は丁寧に資・史料を提示しながら説明していきます。一つひとつ納得することばかりです。この説明は長くなりますので,残念ながら割愛。

 というような具合に,乙巳の変から大化改新へ,そして,律令体制へ,いわゆる国家としての骨格がはっきりしてくる時代の経過を,飛鳥の都を舞台にして明らかにしていきます。これらの説明は,これまでの古代史の説明の仕方とは異なる,まったく新たな視点がいくつも提示されています。しかしながら,ここで提示された議論がこんごどのような展開をみるのか,いささか不安な点がないわけではありません。

 たとえば,聖徳太子問題(不在説)についてはこれまでどおりの解釈で論を展開していますし,中大兄と大海人の兄弟関係(『日本書紀』の記載では年齢が合わない)の問題についても,なんら触れることなくやりすごしています。

 こうした問題点もさることながら,このテクストの思い切った構想は,それらを補って余りあるものがあります。こうなってきますと,このシリーズ日本古代史全6巻を全部,読んでみたくなってきます。とりわけ,わたしの問題関心からすれば,シリーズ②の『ヤマト王権』(吉村武彦著)は不可欠です。なぜなら,崇神・垂仁をどのように描いているか,野見宿禰との関係で確認しておく必要があるからです。

 いずれにしても,いま,日本の古代史は面白い。見方・考え方がくるりと一回転しそうな勢いです。その意味で,お薦めです。

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