2015年11月18日水曜日

パリ燃ゆ。後方支援の根っこが攻撃されたということ。いまや,戦場にならないところはない。

 こころを鬼にして,あえて書くことにしよう。

 マス・メディアをはじめ,世は挙げて「パリ市民の犠牲者に哀悼の意を表します」の一色のみ。それ以外の意見はすべて闇の中。ネットで,乙武さんのように勇気ある発言をすると,寄ってたかって「袋叩き」。議論すら許さない。

 この国の「一億総狂気化社会」はすでに完成している,としかいいようがない。
 同じように「国際社会」(このことばそのものがうさんくさいが)も,完全に「狂気」と化している。

 「9・11」のときもそうだったが,相手側からの攻撃を受けたところから,すべての物語がつくられていく。今回もまた同様。パリ市民が攻撃されたというこの一点から,今回の物語がつぎつぎにつくられている。欠落しているのは,なぜ,このような事態が生じてしまうのか,という問いだ。

 この問いには,完全なる蓋をしなければならない,大きな理由がある。

 「9・11」も,今回の「パリ燃ゆ」も,もとを糺せばアメリカが育てた武装集団による攻撃であるからだ。当初は,アメリカが武器も資金も与え,アメリカの役に立つ武装集団として育てあげたものだ。そして,アメリカのために大きな貢献をしたにもかかわらず,最後は,うっとうしくなってきて,なんの報償も与えることなく見捨ててしまった。武装集団の怒りの減点はここにある。以後,アメリカに対して徹底抗戦にでる。となると,こんどはアメリカの攻撃の対象にされる。しかも,圧倒的な武力の差のもとで一方的な空爆に曝され,一般市民をも巻き添えにした「無差別大量殺戮」の犠牲が日常化することになった。

 ことの経緯や詳しいことは,志葉玲(フリージャーナリスト・「イラク戦争の検証を求めるネットワーク」事務局長)氏,安田純平(フリージャーナリスト)氏,伊藤和子(弁護士・国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長)氏,らのネットで展開しているFBやブログで確認されたい。

 たとえば,志葉氏はつぎのように訴えている。

 「不平等がテロを生む」
 どこかの国は人を殺してもいいのに,
 どこかの国が人を殺すとテロと言われる。
 この不平等がテロを生む大きなファクターになっている。
 どこの国だろうと国際法違反の犯罪を許さないということが必要だ。

 ここで言う「国際法違反の犯罪」を犯しているのは,アメリカを筆頭とする「有志国」であり,テロ集団だ。しかも,その犯罪の大きさは圧倒的に「有志国」である。この事実に蓋をし,無視する「国際社会」とはなにか。そして,自分たちは間違っていないとし,「正義」を主張してさえいる。こうなってくると,もはや,「狂っている」としかいいようがない。

 また,伊藤和子氏はつぎのように訴えている。

 アメリカやフランスの残虐さを棚に上げて「イスラム国」を邪悪だと言う。
 どれだけイラク戦争や空爆で市民が殺されたか。
 イラク政府による人権侵害について誰も何も言わない。
 国際社会を構成している大国は見て見ぬふりだ。
 人権侵害が追及されない。
 イスラエルの責任は追及されない。
 「イスラム国」だけが邪悪なのか。

 カナダは,ついに,「対ISの空爆」から離脱することを発表。
 この勇気ある決意に賛同する国家が陸続と現れてほしい。

 日本国は,アメリカ様・フランス様の主張を全面的に支持し,これからも全力で「協力」する,と声高らかに宣言した。これで,一気に,東京が「戦場」と化す可能性が高まった。後方支援の根っこを絶つ,ということはこういうことだ。

 国際法違反の犯罪を犯している「有志国」とそれを支援する国家は,もはや,戦場にならないところはない。いつ,なんどき,どこを攻撃されても文句は言えない。いまや,日本国民全員が,国際法違反の犯罪者の片棒をかついでいるのだから・・・・。

 この自覚・認識なくして,ただひたすら「パリ市民の犠牲者にこころから哀悼の意を表します」などと,のうのうと言える圧倒的多数の日本人(もちろん,「国際社会」も)は,もはや「正気の沙汰」とはいえない。

 この「狂気」が「ファシズム」を生んできた。過去の歴史を学ぶべし。

 いま,わたしたちはこういう時代・社会を生かされている,このことを肝に銘ずべし。

 東京が戦場になる。その日は遠くない。

 いたるところを赤・白・青の三色でライトアップしている無邪気な人たちに,その覚悟があるとはとてもおもえないのだが・・・・・。

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